9月12日にTHE PYRAMIDとのライブですが、今回はピーターフォークは辞退させていただきました。
来年、ライブできることを願っています。
ライブ自体はTHE PYRAMIDが配信ライブを決行します。
本当はライブの時に朗読したくて書いた文章です。
上記ライブの宣伝になるかは分かりませんが、お時間あればお目通しください。
わたしたちのディスタンス
「そじゃから、帰れんってどうゆうこと?」
名駅通りのタクシー乗り場で、ホセくんは叫んでいる。
あんまりの声の大きさなので、道ゆく誰も怒ってる原因を知らないけれど、ホセくんが怒っていることについては意見が一致した。
金時計前に並ぶ4列のエスカレーターで二手に切り分けられた人混みは、エスカレーター裏の出口付近で再びごった返しを作り、タクシー乗り場へと人々が流れ出していく。
横並びのドアから扇状に広がる人々が、互いに上手に避けて分け進む姿は、YouTubeで見た量子の二重スリット実験みたいに、観測するタイミングで顔ぶれは変わり続けていく。
もちろんいまやマスクのせいで互いに顔を観測するなんてほぼなくなったけど、かといってそれは、叫び続けるホセくんを除いて、という意味だった。マスクを無くしたホセくんに対して、推奨以上の距離を保つ女子高生たちがクスクス笑ってはズレるマスクを整え、横を通り過ぎていく。
叫び疲れたホセくんは僕を睨んでいた。そのTシャツに書かれたloud quiet loudという真ん中のquietという文字が、この数ヶ月で肥え抜いた胸と下腹の贅肉によって新たに形成された谷底に沈み込んでいる。
僕はわざとらしくため息をついた。焦っている。いつも以上の態度を取らないと普段の自分を思い出せない。
「だからさ、きくなよ!きた時はあったし、なくなるなんて思わないだろ!」
「そしたら、なんでないの?あんなもんが」
「うるせえな!数ヶ月前はあっただろ」
「そんなら・・・!」
急に黙りこんだホセくんの鼻先をカーリングのように滑る脂質の汗が、鼻息のたび広がる鼻腔の揺れに耐えきれず、すっと飛び込んだ先のコンクリートにジワリとシミを作ってすぐ蒸発した。
「落ち着こうかね」ホセくんは、架空のエフェクターボードを覗くように、サンダルの先で地面の汗シミをこすった。
ふん、と鼻息をならし、Tシャツを伸ばし整えながら、僕の斜め後ろ、「あんなもん」があった場所へと視線を飛ばして、信じられないほど小さい声でもう一度訊いた。
「そしたら、どしたらいいんじゃろね」
2、3回繰り返しながら、ホセくんは、ちらりと僕に顔を向けた。
今度は僕のほうが反射的にあんなもんの場所へと視線を逃した。
「アレなしで、うちに帰るなんて…」メガネの位置を治しながら、言葉に行き詰まった。
ホセくんは、もう直ぐで泣くかもしれない。
謝れるなら謝りたい。説明できるならば説明をしたい。ここに到着したときみたいに、その奇跡体験を説明してやりたい。
たとえば始まりは本当につまらないことで、ホセくんが毎週のごとく巨体でもって支配したソファの上から「時をかける少女」を再生しはじめたことだった。
「ほだもんで、筒井はとんでもないロリコンじゃよ」
ホセくんは週末のソファに酷評とスナックをこぼすタイプの人間なのだ。
「SFの語り口とはいえさ、処女性を神秘と並べた古い価値観を、いまだに何度もメディアミックスして楽しんでんだから、不思議な国だよね」
僕はいつもの返事をくりかえしながら冷蔵庫へとビールを取りに行く。
途中、ホセ君のリュックからはみ出た図面用紙に気づいて、勝手に広げた。
「あ。それ?それやばいじゃろ?」ホセくんはソファから顔を出して聞く。
何か大きな施設の図面のようだけど、それが何かわからない。スタジアム・・・?
中心には大文字でA.V.E.の三文字。
「それさ、こないだのオリンピック会場跡の配管。なぞにシェルター級のデカさ。そこ通って舞台に出てきたみたいじゃ。まじマリオじゃよ。」
僕たちの目があった。ここから先は話が早い。
あらゆる映画に習い、毎週DVD見ながら過ごす冴えない二人組、悪戯できそうな地図。
ホセくんは、テレビを止めた。
「なあな、見に行こうぜ?」
ゴーストタウンと化した五輪会場跡に侵入すると、地図のA.V.Eと書かれた場所には大きな配管の入口があった。
僕たちは小さな懐中電灯を付けて、おそるおそる入っていった。
2時間ほど歩いたあたりで、突然明るい部屋に出た。
そこには看板が一つ立っていたが、書かれた文字が分からず、写真だけを撮っておいた。
さらに真っ暗な道を2時間ほど歩くと、梯子につきあたり、梯子を上ると、マンホールの蓋から外に出ることができた。
外に出ると、頭上には巨大な円錐形のモニュメントが現れた。
僕は呆然とした。ここは僕たちの街ではなかったからだ。
ホセくんは叫んだ。「おい、マジかよ、どうなってんだよ。」
僕は恐る恐るズレた眼鏡を直した。徒歩4時間でつくような街ではない。
「すげえ!日本じゃ!セルジオ!俺たち、リオから地球の裏側来たみたいじゃ!」
ホセくんは興奮してタクシー乗り場まで走っていって、一回りして、また僕の隣に戻ってきた。
「でも、どうして?俺たち地球の真ん中、突き抜けてきた?」
ぼくはまだ一言も何も言えなかった。頭が整理できなかった。
「そんなこと不可能だよ…時空が歪んだとしか…」
ホセくんは踊り出す。サンバではない。
僕といえば、頭上の円錐型のようなモニュメントに気づいた。
後で知ったのだが、これはNagoya駅の「飛翔」というものらしい。
僕はその形に驚いた。
「そういうことか!これは擬球なんだ…時空が歪むポイントの印なんだ」
ホセくんは聞く気はないけど、僕が満足するまで待つことができるので、僕たち二人の友情は保たれていた。
「つまり、3次元的空間を4次元的に折り曲げて、通常の3次元的世界では歩けない距離を飛び越えたんだ」
「そうなんだ」
「そうだよ、シナモンロールを想像してみて。シナモンロールは最初、長方形に伸ばすよね。
その状態で折り曲げずに、両端を同時にかじることは難しいよね?」
「それに、その状態はまだシナモンロールじゃない」
「そうだね、だけどクルクルと簀巻きにしてシナモンロールにすれば?
そうすれば、両端の距離は、円形の半径だけで済む。
2次元的な距離が、3次元的な距離に置き換えた途端に、近道が見つかるんだ。
僕たちは3次元的な距離を、何かしらの力で、飛び越えたに違いないよ!」
「分からんけど、SFみたいな話?」
「この非ユークリッドをユークリッド幾何に表現した擬球こそが、その歪みの目印だったのか…
ここに来ればいつでも、ブラジルと日本を行き来できるのか…」
「聞いとらんね。いいけど。とにかくクレジット使えるとこで泊まろかね」
それからは、家族にビデオ通話で無事を伝え、クレジットカードで日本旅行を楽しんだ。
ホセくんが駄々をこねるので東京五輪付近を散策したりした。
そういえば、地下トンネル途中で見つけた看板をあとからGoogle翻訳にかけると「なんでも貸します」と書かれていた。
これはいまでもよくわからない。
グダグダと日本散策を楽しんでた昨日、イビキをかいていたホセくんは起き抜けに叫んだ。
「明日、ママの50歳の誕生日だ!帰らないと!」
そのまま新幹線で名古屋駅に戻ってきた僕らの前に待っていたのは、絶望だった。
正確に言えば、待っているべきものが待ってなかったのだ。そう、擬球が。「飛翔」が。時空の歪みが、帰り道がない。そしてホセくんが叫び始めたわけだ。
「そじゃから、帰れんってどゆことね?」
「なぁ、、そじゃから、ここだけが入り口じゃないんじゃろ?」
「それも分からない…、あったとしてそれを見つける方法が…」
ホセくんはもう泣いていた。
「そじゃから!日本とブラジルを繋げる道が絶対あるはずじゃろ!探せよ!?」
「そんなこと言っても…」
「excuse me?」
とつぜん、横から日本人カップルに話しかけられた。
天然パーマの男性でギターを背負ってる。後ろの女性はずっとマスクのベストな位置を探してる。
彼はGoogle翻訳でポルトガル語を見せた。
"日本とブラジルとの道をお探ししますか?"
僕たちは顔を合わせ、ソーデス!と叫んだ。
急いで握手しようと近寄ったが、天然パーマの彼はまた急いでGoogle翻訳を打ち出し、僕たちに画面を見せた。
「簡単ですよ、電車に乗ってください。」
ホセくんは「電車デ?ドコヘ?」と聞いたが、また携帯を打ち、見せた。
"JR鶴舞駅に行きましょう。"
「JR鶴舞駅にjapon、JR金山駅にブラジル」
彼は突然日本語ではっはっはっと笑った。
「電車で一駅なんですよ、名古屋なら」
<参照>
飛翔 :https://ja.wikipedia.org/wiki/飛翔_(モニュメント)
リオオリンピック閉会式:https://ja.wikipedia.org/wiki/2016年リオデジャネイロオリンピックの閉会式
ベルトラミーの擬球 :http://web1.kcn.jp/hp28ah77/jp20_pseu.htm
(読んでもよくわかりませんでした)
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